2009年 04月 10日
至宝I勢藤に紛れる
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知人が、勤める会社の代表取締役に就任した。
すわ、祝いの一献だとS宿G苑のS世料理に誘った。
予約をしていったのに、定刻に店に着くとやっていないではないか。
シャッターには貼り紙が。
身内に不幸があって急な休業だとある。
そうなのかと漠然と思ったのだが、よく見ると貼り紙の宛名が小生ではないか。
「予約いただいたのに、当方の不手際でご連絡先を聞いておらず、
休業をご連絡できずに申し訳ありません」
そういわれれば、花見の時期ということで時間制限をされたことはよく覚えているのだが、
こちらの連絡先を伝えた記憶がない。
それが、こんなことになるとは……。
その貼り紙に、一筆認め、駅に戻りながら考える。
彼をどこに連れて行くべきか。
この界隈の知らぬ店に行くのも悪くはないが、花見客に囲まれるのはご免だ。
その時、何故かK楽坂を思い出した。
そうだ、I勢藤に行こう。入れなかったら、う〜ん、神楽坂には持ち駒がない。
がしかし、きょうは暖かいので、日本酒を飲みたいと思う客は少ないのではないか。
H鷹の燗が私を捉えて放さない。
Y谷で乗り換えてI田橋へ。
そこから坂を登る。
ほの暗い中にI勢藤の文字が浮かびあがっている。
華奢な木の戸を押して店内へ。
カウンターはほぼいっぱい。お燗番の主人の脇を通って、小上がりに陣取る。
連れの彼はこの雰囲気に緊張して、感動している。
「いらっしゃいませ。お酒はお燗してよろしいですか」
そういきなり聞かれたものだから、勝手の分からない彼はこちらへ目線を投げてよこす。
「お願いします」と私。
この店はH鷹だけで、ビールのないことを説明する。
そして燗が絶妙であることも。
テーブルには小さな品書きが置いてある。
それを見た彼が、これしかないのかというような顔をする。
黙っていても一汁四菜が運ばれてくると彼に告げる。それは追加のメニューなのだと。
水母をたっぷりのあおさで和えたもの、いかの塩辛、
貝ひもの甘辛煮、それに野菜の炊き合わせ。
「後ほど、お味噌汁をおもちします」
といわれたところで、仲居さんは、ドーナツ型をした
鈴のようなものをテーブルに置いていく。
注文の際にはこれを鳴らしてくれと。
しかしこのH鷹の燗が実に旨い。
時々、こういうナショナル・ブランドの旨さに出合うと、
これで十分ではないかと思えることがある。
私は家に二十本近く好きな銘柄の日本酒をストックしているのだが、
そこにはH鷹もなければ、
K正宗もない。どぶや生酛や山廃や……。
燗にして旨みの乗る酒たちだ。
だが、どうもそれらの酒をこういうところで飲みたいとは思わない。
H鷹で十分である。というよりH鷹がよろしい。
銘柄が一つだということもまったく気にならない。
おそらく二人なので二合徳利なのだろう。
それもすぐに空いてしまう。
例のドーナツ擬きを持ち上げて、鳴らそうとすると、
それだけで主人が気づいてくれる。
やがて女将さんらしき人が味噌汁をもってきて、
「いらっしゃいませ」と頭を下げる。
「これで一汁四菜、出ましたので、あとはお好みで仰ってください」といって下がる。
お互いに若かりし頃知り合ってから現在までを断片的に思い返しながら
盃を傾ける。ドーナツに手をかける。ご主人がサッと気づき
「どうぞ、そこから仰ってください」と注文を受ける。
燗酒をもう一本。すると仲居さんが徳利を下げに来る。
「もう少し残っているんですけど」
「はい、それでは空きましたら仰ってください」と言って一端下がり、
お燗番の主人に徳利は空いていないのだけど、お燗をつけ始めてくださいという意味で、
確か「予約で」というような言い方をしただろうか、注文を通す。
追加のつまみに豆腐を所望する。
「湯豆腐にしましょうか、それとも……」
「奴でお願いします」
「はい、奴一つです」
同行の彼は明太子を。
奴は豆腐専用と覚しき器で供される。
幅は豆腐一丁の大きさにぴったり同じ。
長さが豆腐の大きさよりも少し長く、そこのできた二つの領域に醤油と薬味が配されている。
これは、何というか、出てきた風情はよろしいのだけれど、
実際には少し食べにくい。
豆腐に醤油をどうつけていいのかが難しいのだ。
ちょっとしたつまみを楽しみながら、
お銚子を四本ほど飲んだろうか。
そろそろ暇を告げて、次の店に行くことにしよう。
ごちそうさま。
すわ、祝いの一献だとS宿G苑のS世料理に誘った。
予約をしていったのに、定刻に店に着くとやっていないではないか。
シャッターには貼り紙が。
身内に不幸があって急な休業だとある。
そうなのかと漠然と思ったのだが、よく見ると貼り紙の宛名が小生ではないか。
「予約いただいたのに、当方の不手際でご連絡先を聞いておらず、
休業をご連絡できずに申し訳ありません」
そういわれれば、花見の時期ということで時間制限をされたことはよく覚えているのだが、
こちらの連絡先を伝えた記憶がない。
それが、こんなことになるとは……。
その貼り紙に、一筆認め、駅に戻りながら考える。
彼をどこに連れて行くべきか。
この界隈の知らぬ店に行くのも悪くはないが、花見客に囲まれるのはご免だ。
その時、何故かK楽坂を思い出した。
そうだ、I勢藤に行こう。入れなかったら、う〜ん、神楽坂には持ち駒がない。
がしかし、きょうは暖かいので、日本酒を飲みたいと思う客は少ないのではないか。
H鷹の燗が私を捉えて放さない。
Y谷で乗り換えてI田橋へ。
そこから坂を登る。
ほの暗い中にI勢藤の文字が浮かびあがっている。
華奢な木の戸を押して店内へ。
カウンターはほぼいっぱい。お燗番の主人の脇を通って、小上がりに陣取る。
連れの彼はこの雰囲気に緊張して、感動している。
「いらっしゃいませ。お酒はお燗してよろしいですか」
そういきなり聞かれたものだから、勝手の分からない彼はこちらへ目線を投げてよこす。
「お願いします」と私。
この店はH鷹だけで、ビールのないことを説明する。
そして燗が絶妙であることも。
テーブルには小さな品書きが置いてある。
それを見た彼が、これしかないのかというような顔をする。
黙っていても一汁四菜が運ばれてくると彼に告げる。それは追加のメニューなのだと。
水母をたっぷりのあおさで和えたもの、いかの塩辛、
貝ひもの甘辛煮、それに野菜の炊き合わせ。
「後ほど、お味噌汁をおもちします」
といわれたところで、仲居さんは、ドーナツ型をした
鈴のようなものをテーブルに置いていく。
注文の際にはこれを鳴らしてくれと。
しかしこのH鷹の燗が実に旨い。
時々、こういうナショナル・ブランドの旨さに出合うと、
これで十分ではないかと思えることがある。
私は家に二十本近く好きな銘柄の日本酒をストックしているのだが、
そこにはH鷹もなければ、
K正宗もない。どぶや生酛や山廃や……。
燗にして旨みの乗る酒たちだ。
だが、どうもそれらの酒をこういうところで飲みたいとは思わない。
H鷹で十分である。というよりH鷹がよろしい。
銘柄が一つだということもまったく気にならない。
おそらく二人なので二合徳利なのだろう。
それもすぐに空いてしまう。
例のドーナツ擬きを持ち上げて、鳴らそうとすると、
それだけで主人が気づいてくれる。
やがて女将さんらしき人が味噌汁をもってきて、
「いらっしゃいませ」と頭を下げる。
「これで一汁四菜、出ましたので、あとはお好みで仰ってください」といって下がる。
お互いに若かりし頃知り合ってから現在までを断片的に思い返しながら
盃を傾ける。ドーナツに手をかける。ご主人がサッと気づき
「どうぞ、そこから仰ってください」と注文を受ける。
燗酒をもう一本。すると仲居さんが徳利を下げに来る。
「もう少し残っているんですけど」
「はい、それでは空きましたら仰ってください」と言って一端下がり、
お燗番の主人に徳利は空いていないのだけど、お燗をつけ始めてくださいという意味で、
確か「予約で」というような言い方をしただろうか、注文を通す。
追加のつまみに豆腐を所望する。
「湯豆腐にしましょうか、それとも……」
「奴でお願いします」
「はい、奴一つです」
同行の彼は明太子を。
奴は豆腐専用と覚しき器で供される。
幅は豆腐一丁の大きさにぴったり同じ。
長さが豆腐の大きさよりも少し長く、そこのできた二つの領域に醤油と薬味が配されている。
これは、何というか、出てきた風情はよろしいのだけれど、
実際には少し食べにくい。
豆腐に醤油をどうつけていいのかが難しいのだ。
ちょっとしたつまみを楽しみながら、
お銚子を四本ほど飲んだろうか。
そろそろ暇を告げて、次の店に行くことにしよう。
ごちそうさま。
by mesinosuke
| 2009-04-10 18:32
| ▷nihonshu