2009年 07月 31日
行き先をいつの間にか勘違いした妄想蕎麦行軍 Mるやま
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携帯が驚いたように震えだしメールの着信を知らせてくれる。そのメールはもちろんi氏から。
「金曜の夜に蕎麦でもどうだ」
もちろん、ウェルカムである。
「合点承知の助」と返事を打つ。
さてその場所だが、D田橋に来いとの厳命だ。
すかさずGoogle マップで調べてみる。
なるほど、環七を行けばいいのだな。
だとすれば、アルコールによってどうしても高まってしまう摂取カロリーを勘案して、
歩いて現地に向かい、カロリーをできるだけ消費しておくことが賢明であるとの結論に達した。
この時の私の認識は、とにかく環七をいけばいいというものだった。
とりあえず、それ以外のことは私の老朽化した脳みその片隅に追いやられた。
さて、当日。
私は単純に環七を行くのは面白くないと思い始める。
M宿に抜け、246を渡り、斜めに環七を目指せばいいと段取る。
汗がじわりと浮いてきて、よい有酸素運動となっていることを感じながら、
快調に歩みを進める。
途中、S濃屋ワイン館の角で右に曲がると、長い上り坂が続いている。
これを登り切ればよいのだなと思って、やや前屈みになりながら歩いて行く。
すると、携帯がジーンズのポケットの中で恐怖に戦き始める。
やや、これは、もしかするとi氏だなと恐る恐るメールをチェックする。
「何をやっておるのだ。こちらはとっくの昔に着いて近所の居酒屋で一人0次会だ。
早く合流せんか」
なるほど。せっかちなi氏らしいと思い、歩きながら返信する。
「もうすぐ着きます。駅の当たりから連絡入れます」
よし、よし。これでi氏の機嫌をこれ以上損ねることもあるまい。
しかし、どうも様子が違う。
小さな改札。少ない人通り。やや、これは裏の改札なのか。
う〜ん、おかしい。
そこで、既に一杯やっているi氏に電話を入れてみる。
「あ、もしもし、mesinosukeですが」
「おぉ。まだか」
「着いたはずなんですが、飲み屋が見当たらないんです」
「馬鹿野郎。何をやっているんだ。0次会なんてやつはな、タイミングがずれちまったら
まったくもっていやはや、真冬のかき氷になっちまうじゃないか」
「真冬にかき氷なんて、そりゃぁ…」
「おたんこなす! 誰が好きこのんで真冬にかき氷なんて食うか!」
「あぁ、そういう意味ですか」
氏のムッとした鼻息が電波に乗ってやってくる。
「だったら、真夏のスンドゥプチゲなんて言い方はどうですか」
「そんなものは知らん」
沸き立つ真っ赤なスープから純豆腐をすくい上げ口元にもっていきながら、
あまりの熱さに食べられず「アチッ」と言ってしまっている氏の姿が私の脳の中で
鮮明な像を結んだ。思わず吹き出しそうになるが、そこをグッと堪える。
「ところで、そこから見えるものを言って見ろ」
「○△□×あたりです」
「なにぃ〜。ちなみに駅の名が読めるか」
「何言ってるんですか、これでも小学校から中学へ無試験で進級した男ですから」
「では、注意深く読んでみよ」
「S田谷D田」
「ぶゎはっはっは、いやぁ、こりゃぁ、愉快、愉快、ぶゎはっはっは」
「何がそんなにおかしいんですか」
「おい、店のみんな、聞いてくれ」
私に聞こえるように、飲み屋のスタッフに話しかけているのだ。
「D田橋に来いといったのに、ヤツはS田谷D田で迷っとるぞ、ぶゎはっはっは」
「ハハハ、旦那、お友だちは東京の人間じゃないね。普通間違えないよ」
「おお、そうよ。ヤツはK奈川の田舎もんだから、大目に見てやろう。
あ、もしもし、君は駅を間違えておる。ぶゎはっはっは」
「聞こえてました」
「そうか、なら話は早い。環七に出てタクシーを拾い給へ。自力で蕎麦屋まで来い」
「了解です」
確かにD田橋と聞いていたはずなのに、歩くルートを考えているうちに
いつの間にか目的地がS田谷D田になってしまっていた。
ここも環七のそばだから、そう思ってしまったのだろう。
環七に出てみると、外回りが大変な渋滞ではないか。
それを知ってか、知らずか、タクシーなど一台もいない。
つかまったとしても高くつくだけで、早くはつけないに違いない。
一応、タクシーが来ないかと後ろを振り返りつつ、環七を目的地方向に歩き続ける。
するといつの間にか、S代田の駅ではないか。
それにしてもこの三つは、紛らわしい駅名だ。
ここから電車に乗って、白雲なびく大学の前で乗り換えれば、タクシーを探すより早く着けるのではないか。
これだ!と決めて、改札を抜ける。
ようやくD田橋に着く。飲み屋がちらほらある駅前の路地を抜け、大通りを目指す。
K州街道をS塚の方へと歩き出す。つまりは環七との交叉点を目指しているわけだ。
すると、道路の反対側に蕎麦屋らしき白い暖簾が見える。
あれがそうではないか。しかし悲しいかな私の視力ではハッキリとは分からない。
しかも近くに横断歩道はない。
どうするかと思って振り返ると、歩いてきた方向とは逆に街道を渡るエレベータ付きの歩道があるではないか。
あれだなと踵を返す。もう汗だくである。
重くなった足を引きずりながら、ようやく暖簾の前まで辿りつくる。
ここだ。扉をゆっくり引くと、一番客としてi氏とi氏の知り合いの方が飲んでいた。
「おお、きた、きた」
私は笑いの対象として迎えられた。
「何だか、茹だってるぞ。早くビールでも飲め」
そういわれて生ビールをお願いする。
「同じ大きさでよろしいでしょうか」と店の女将さん。
思わず「はい」と応えるが、ご老体たち(もちろん私が最年少。愉快、愉快)が
飲んでいた生ビールは「小」であることが後で分かる。
それゆえ私のお湿りとしてはまったくもって足りない。
すぐに二杯目の生をもらうこととする。
ご老体たちはひとしきり私をからかい、それに飽きてしまうと、
今度は法事の話などを始める。
酒肴は、天麩羅の盛り合わせと、生湯葉刺し、奴ももらったか。
いつの間にか、酒になり、J喜元などがテーブルに並んでいる。
話題は政権交代の話になり、やがて仕事の話になる。
ようやく私の身体から熱が引いてきた頃、
せっかちなi氏が「そろそろ蕎麦を頼もう」と促す。
「ここで食べるべきは二色蕎麦らしいぞ」と情報を開陳するi氏。
しかしこれに騙されてはいけないことは、K楽坂の鰻割烹「S満金」にて経験済みである。
その時のi氏はこんなことを言って、まわりを呆れさせたのだ。
「好きな大きさを選んで、食べ給へ。鰻重にせずに、蒲焼きと白いご飯という食べ方がおすすめだ」
そう言われてはということで、i氏の友人の方が蒲焼きと白いご飯に肝吸いを頼む。
それを見届けたi氏は素知らぬ顔でこうオーダーしたのだ。
「僕は、鰻重の小」
氏の友人がその時何を思ったか、顔色からは窺い知ることはできなかった。
おそらく慣れっこなのだろう。
場面は蕎麦屋に戻る。
私と氏の友人の方は大人しく二色蕎麦を頼む。
(あれほど騙されてはいけないと、経験が私をして注意せしめていたはずなのに……)
固唾を吞んで見守る私。一拍のためを置いてi氏が頼んだものは……、
「鴨せいろ」
があぁ〜ん、やってくれたぜ。
ここの蕎麦は自家製粉である。見るからに穀物の滋味がたっぷりといった蕎麦だ。
先ずはノーマルのせいろを手繰る。
これは旨い。香り豊か。鼻孔に蕎麦の香りが抜けて、存在感たっぷりである。
続いて頑固親父のような田舎蕎麦に手をつける。
おそらくせいろの倍以上の太さではないだろうか。
これは予想に反する印象を私にもたらした。
太すぎるのである。蕎麦を手繰る軽快感が失われてしまう感じがするのだ。
香りもせいろより抜群にいいのかというと、そうでもない。
もともとどこの蕎麦屋であろうと、田舎にはめったに手を出さないのだから、
基本的に私の嗜好と相容れない部分があるのかも知れない。
氏のトラップに引っかかり二色蕎麦を頼んだ自分がいけなかった。
ところで、ここは以前C寿庵の屋号で商売をしていたらしい。
用を足そうと二階に上がると、途端に古めかしい佇まいが現れる。
往時はここで大小の宴会が繰り広げられていたのだろう。
トイレも、厠といいたくなるような、昭和のそれだった。
なぜか、過ぎ去った昔が二階にシンとあることを心地よく思った。
ごちそうさま。
「金曜の夜に蕎麦でもどうだ」
もちろん、ウェルカムである。
「合点承知の助」と返事を打つ。
さてその場所だが、D田橋に来いとの厳命だ。
すかさずGoogle マップで調べてみる。
なるほど、環七を行けばいいのだな。
だとすれば、アルコールによってどうしても高まってしまう摂取カロリーを勘案して、
歩いて現地に向かい、カロリーをできるだけ消費しておくことが賢明であるとの結論に達した。
この時の私の認識は、とにかく環七をいけばいいというものだった。
とりあえず、それ以外のことは私の老朽化した脳みその片隅に追いやられた。
さて、当日。
私は単純に環七を行くのは面白くないと思い始める。
M宿に抜け、246を渡り、斜めに環七を目指せばいいと段取る。
汗がじわりと浮いてきて、よい有酸素運動となっていることを感じながら、
快調に歩みを進める。
途中、S濃屋ワイン館の角で右に曲がると、長い上り坂が続いている。
これを登り切ればよいのだなと思って、やや前屈みになりながら歩いて行く。
すると、携帯がジーンズのポケットの中で恐怖に戦き始める。
やや、これは、もしかするとi氏だなと恐る恐るメールをチェックする。
「何をやっておるのだ。こちらはとっくの昔に着いて近所の居酒屋で一人0次会だ。
早く合流せんか」
なるほど。せっかちなi氏らしいと思い、歩きながら返信する。
「もうすぐ着きます。駅の当たりから連絡入れます」
よし、よし。これでi氏の機嫌をこれ以上損ねることもあるまい。
しかし、どうも様子が違う。
小さな改札。少ない人通り。やや、これは裏の改札なのか。
う〜ん、おかしい。
そこで、既に一杯やっているi氏に電話を入れてみる。
「あ、もしもし、mesinosukeですが」
「おぉ。まだか」
「着いたはずなんですが、飲み屋が見当たらないんです」
「馬鹿野郎。何をやっているんだ。0次会なんてやつはな、タイミングがずれちまったら
まったくもっていやはや、真冬のかき氷になっちまうじゃないか」
「真冬にかき氷なんて、そりゃぁ…」
「おたんこなす! 誰が好きこのんで真冬にかき氷なんて食うか!」
「あぁ、そういう意味ですか」
氏のムッとした鼻息が電波に乗ってやってくる。
「だったら、真夏のスンドゥプチゲなんて言い方はどうですか」
「そんなものは知らん」
沸き立つ真っ赤なスープから純豆腐をすくい上げ口元にもっていきながら、
あまりの熱さに食べられず「アチッ」と言ってしまっている氏の姿が私の脳の中で
鮮明な像を結んだ。思わず吹き出しそうになるが、そこをグッと堪える。
「ところで、そこから見えるものを言って見ろ」
「○△□×あたりです」
「なにぃ〜。ちなみに駅の名が読めるか」
「何言ってるんですか、これでも小学校から中学へ無試験で進級した男ですから」
「では、注意深く読んでみよ」
「S田谷D田」
「ぶゎはっはっは、いやぁ、こりゃぁ、愉快、愉快、ぶゎはっはっは」
「何がそんなにおかしいんですか」
「おい、店のみんな、聞いてくれ」
私に聞こえるように、飲み屋のスタッフに話しかけているのだ。
「D田橋に来いといったのに、ヤツはS田谷D田で迷っとるぞ、ぶゎはっはっは」
「ハハハ、旦那、お友だちは東京の人間じゃないね。普通間違えないよ」
「おお、そうよ。ヤツはK奈川の田舎もんだから、大目に見てやろう。
あ、もしもし、君は駅を間違えておる。ぶゎはっはっは」
「聞こえてました」
「そうか、なら話は早い。環七に出てタクシーを拾い給へ。自力で蕎麦屋まで来い」
「了解です」
確かにD田橋と聞いていたはずなのに、歩くルートを考えているうちに
いつの間にか目的地がS田谷D田になってしまっていた。
ここも環七のそばだから、そう思ってしまったのだろう。
環七に出てみると、外回りが大変な渋滞ではないか。
それを知ってか、知らずか、タクシーなど一台もいない。
つかまったとしても高くつくだけで、早くはつけないに違いない。
一応、タクシーが来ないかと後ろを振り返りつつ、環七を目的地方向に歩き続ける。
するといつの間にか、S代田の駅ではないか。
それにしてもこの三つは、紛らわしい駅名だ。
ここから電車に乗って、白雲なびく大学の前で乗り換えれば、タクシーを探すより早く着けるのではないか。
これだ!と決めて、改札を抜ける。
ようやくD田橋に着く。飲み屋がちらほらある駅前の路地を抜け、大通りを目指す。
K州街道をS塚の方へと歩き出す。つまりは環七との交叉点を目指しているわけだ。
すると、道路の反対側に蕎麦屋らしき白い暖簾が見える。
あれがそうではないか。しかし悲しいかな私の視力ではハッキリとは分からない。
しかも近くに横断歩道はない。
どうするかと思って振り返ると、歩いてきた方向とは逆に街道を渡るエレベータ付きの歩道があるではないか。
あれだなと踵を返す。もう汗だくである。
重くなった足を引きずりながら、ようやく暖簾の前まで辿りつくる。
ここだ。扉をゆっくり引くと、一番客としてi氏とi氏の知り合いの方が飲んでいた。
「おお、きた、きた」
私は笑いの対象として迎えられた。
「何だか、茹だってるぞ。早くビールでも飲め」
そういわれて生ビールをお願いする。
「同じ大きさでよろしいでしょうか」と店の女将さん。
思わず「はい」と応えるが、ご老体たち(もちろん私が最年少。愉快、愉快)が
飲んでいた生ビールは「小」であることが後で分かる。
それゆえ私のお湿りとしてはまったくもって足りない。
すぐに二杯目の生をもらうこととする。
ご老体たちはひとしきり私をからかい、それに飽きてしまうと、
今度は法事の話などを始める。
酒肴は、天麩羅の盛り合わせと、生湯葉刺し、奴ももらったか。
いつの間にか、酒になり、J喜元などがテーブルに並んでいる。
話題は政権交代の話になり、やがて仕事の話になる。
ようやく私の身体から熱が引いてきた頃、
せっかちなi氏が「そろそろ蕎麦を頼もう」と促す。
「ここで食べるべきは二色蕎麦らしいぞ」と情報を開陳するi氏。
しかしこれに騙されてはいけないことは、K楽坂の鰻割烹「S満金」にて経験済みである。
その時のi氏はこんなことを言って、まわりを呆れさせたのだ。
「好きな大きさを選んで、食べ給へ。鰻重にせずに、蒲焼きと白いご飯という食べ方がおすすめだ」
そう言われてはということで、i氏の友人の方が蒲焼きと白いご飯に肝吸いを頼む。
それを見届けたi氏は素知らぬ顔でこうオーダーしたのだ。
「僕は、鰻重の小」
氏の友人がその時何を思ったか、顔色からは窺い知ることはできなかった。
おそらく慣れっこなのだろう。
場面は蕎麦屋に戻る。
私と氏の友人の方は大人しく二色蕎麦を頼む。
(あれほど騙されてはいけないと、経験が私をして注意せしめていたはずなのに……)
固唾を吞んで見守る私。一拍のためを置いてi氏が頼んだものは……、
「鴨せいろ」
があぁ〜ん、やってくれたぜ。
ここの蕎麦は自家製粉である。見るからに穀物の滋味がたっぷりといった蕎麦だ。
先ずはノーマルのせいろを手繰る。
これは旨い。香り豊か。鼻孔に蕎麦の香りが抜けて、存在感たっぷりである。
続いて頑固親父のような田舎蕎麦に手をつける。
おそらくせいろの倍以上の太さではないだろうか。
これは予想に反する印象を私にもたらした。
太すぎるのである。蕎麦を手繰る軽快感が失われてしまう感じがするのだ。
香りもせいろより抜群にいいのかというと、そうでもない。
もともとどこの蕎麦屋であろうと、田舎にはめったに手を出さないのだから、
基本的に私の嗜好と相容れない部分があるのかも知れない。
氏のトラップに引っかかり二色蕎麦を頼んだ自分がいけなかった。
ところで、ここは以前C寿庵の屋号で商売をしていたらしい。
用を足そうと二階に上がると、途端に古めかしい佇まいが現れる。
往時はここで大小の宴会が繰り広げられていたのだろう。
トイレも、厠といいたくなるような、昭和のそれだった。
なぜか、過ぎ去った昔が二階にシンとあることを心地よく思った。
ごちそうさま。
by mesinosuke
| 2009-07-31 16:49
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