2010年 07月 12日
つらつらと歩いてたどり着いたI勢藤。引き戸と間違えがちな戸を押して中に入る。すぐに「いらっしゃいませ」の声がかかる。一人であることを告げると、カウンターの角の席が勧められる。左隣には、若いカップル。L字型のカウンターの右端にはおそらく仕事の同僚である年輩の男性とそこから二十は離れているであろう女性。小上がりにちらほらと数組みの客といった感じだ。
女性が私の前で膝を折って注文を聞きにくる。といっても、燗をつけるかどうかだけなのだが。
「お酒をいかがいたしましょう」
「お燗で」
酒肴は、ご存知のように一汁四菜が黙っていても出てくる。
カウンター席に座ると、店主が囲炉裏で燗をつけるさまが詳細にみることができて楽しい。少しでも囲炉裏の中の灰に乱れがあると、きちんと均し、湯煎にかけられた銚子をあげ手のひらでじっくりと温度を感じ取る。それらすべての様がある種の様式に則られていて隙がない。
届いた酒を傾けながら、改めてI勢藤を味わう。すると、何やらいつもと雰囲気が違う。それは、四方開け放たれた窓のせいであると気づく。K楽坂を渡る風がそのままI勢藤を抜けていく。その風に乗って、店にビールを運ぶ台車の音や、若い女性の何気ない会話が流れてきては消えてゆく。もちろん、I勢藤に入ることを躊躇っているサラリーマンたちの密やかなやりとりも。
二本目の酒から熱燗にしてもらう。すると一度湯煎から取り出した徳利を今度は手に持ったまま、もう一度湯につける。どこで引き上げるか。店主の勘所だ。
突然、店主が奥の小上がりの客に注意する。携帯を使っていたことを感じ取ったのだ。私は全く気づかなかった。
私の二〜三メーター前には障子戸があり、その向こうにも小上がりがある。もちろん障子は開いており、そこに白人の男性が座って燗酒を飲んでいる。その向かいにはお相手の女性がいて、綺麗な両手が時折銚子を傾け盃に注ぐ様が見える。その所作は日本人であることを想像させる。だが、障子が彼女の姿を隠くしてしまっていて伺い知れない。男性は静かな笑みをたたえ、ゆっくりとH鷹を楽しんでいる。不思議なことに、たったこれだけしか離れていないのに、二人の会話は聞こえない。私はまるで借景を楽しむようにそのシーンに見とれながら、一人時間を楽しむ。
奴をもらい盃を重ねる。左隣のカップルは、女性がドイツに留学することについて話している。いつの間にか私と角を挟んで座っていた男性は、ここが初めてらしく、メニューはないのかと問いかけている。さらにその隣。先ほどの二人連れが出ていったあとに、業界ぽい男女がやってくる。そしてI勢藤の自慢をポニーテールの男が始め、やがて話はJが丘のK田へと移っていく。まあ、放っておけとその話を心の中から閉め出す。
左のカップルがお愛想を告げる。留学を前にした若い女性が払ったことにささやかな驚きを覚える。今までの男性の偉そうな人生指南は何だったのかとも思ったが、まあ二人には二人のルールがあるのだろう。
とにかく今宵は、I勢藤がK楽坂全体とつながっているようで気持ちよい。この時期のI勢藤もなかなか捨てたもんじゃないなと強く感じる。
勘定を済ませた私は、入ってきた戸とは別の場所から店の外に出る。昔はこっちが入り口ではなかったか。古いいい加減な記憶がまたまたほんの少しだけ蘇る。
ごちそうさま。
女性が私の前で膝を折って注文を聞きにくる。といっても、燗をつけるかどうかだけなのだが。
「お酒をいかがいたしましょう」
「お燗で」
酒肴は、ご存知のように一汁四菜が黙っていても出てくる。
カウンター席に座ると、店主が囲炉裏で燗をつけるさまが詳細にみることができて楽しい。少しでも囲炉裏の中の灰に乱れがあると、きちんと均し、湯煎にかけられた銚子をあげ手のひらでじっくりと温度を感じ取る。それらすべての様がある種の様式に則られていて隙がない。
届いた酒を傾けながら、改めてI勢藤を味わう。すると、何やらいつもと雰囲気が違う。それは、四方開け放たれた窓のせいであると気づく。K楽坂を渡る風がそのままI勢藤を抜けていく。その風に乗って、店にビールを運ぶ台車の音や、若い女性の何気ない会話が流れてきては消えてゆく。もちろん、I勢藤に入ることを躊躇っているサラリーマンたちの密やかなやりとりも。
二本目の酒から熱燗にしてもらう。すると一度湯煎から取り出した徳利を今度は手に持ったまま、もう一度湯につける。どこで引き上げるか。店主の勘所だ。
突然、店主が奥の小上がりの客に注意する。携帯を使っていたことを感じ取ったのだ。私は全く気づかなかった。
私の二〜三メーター前には障子戸があり、その向こうにも小上がりがある。もちろん障子は開いており、そこに白人の男性が座って燗酒を飲んでいる。その向かいにはお相手の女性がいて、綺麗な両手が時折銚子を傾け盃に注ぐ様が見える。その所作は日本人であることを想像させる。だが、障子が彼女の姿を隠くしてしまっていて伺い知れない。男性は静かな笑みをたたえ、ゆっくりとH鷹を楽しんでいる。不思議なことに、たったこれだけしか離れていないのに、二人の会話は聞こえない。私はまるで借景を楽しむようにそのシーンに見とれながら、一人時間を楽しむ。
奴をもらい盃を重ねる。左隣のカップルは、女性がドイツに留学することについて話している。いつの間にか私と角を挟んで座っていた男性は、ここが初めてらしく、メニューはないのかと問いかけている。さらにその隣。先ほどの二人連れが出ていったあとに、業界ぽい男女がやってくる。そしてI勢藤の自慢をポニーテールの男が始め、やがて話はJが丘のK田へと移っていく。まあ、放っておけとその話を心の中から閉め出す。
左のカップルがお愛想を告げる。留学を前にした若い女性が払ったことにささやかな驚きを覚える。今までの男性の偉そうな人生指南は何だったのかとも思ったが、まあ二人には二人のルールがあるのだろう。
とにかく今宵は、I勢藤がK楽坂全体とつながっているようで気持ちよい。この時期のI勢藤もなかなか捨てたもんじゃないなと強く感じる。
勘定を済ませた私は、入ってきた戸とは別の場所から店の外に出る。昔はこっちが入り口ではなかったか。古いいい加減な記憶がまたまたほんの少しだけ蘇る。
ごちそうさま。
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by mesinosuke
| 2010-07-12 18:02
| ▷nihonshu